【打撃特集1】上から叩くな!新しいスイング理論

「ボールを上から叩け!」多くの選手は指導を受けたことがあるでしょう。しかし近い将来、この指導が変わるかもしれません。

近年メジャーリーグではアッパースイングに注目が集まっています。今回はメジャーで広がりをみせる取り組みと、アッパースイングの効果を紹介したいと思います。

セイバーメトリクスからみるフライボールの効果

近年メジャーリーグではStatcastの出現により、打球速度や打球角度※といった数値で打球を評価することが出来るようになりました。

※ボールがバットから離れた際の地面との角度。ライナー性の打球は0に近づき、ゴロの打球は-に近づく。フライ性の打球は角度が大きくなる。

そこで打球角度のデータを分析すると、フライボールはグラウンドボール(ゴロ)と比べて、「長打率」においてより効果的であることがわかってきました。

【表1】をみると、打率こそあまり変わらないものの、長打率はグラウンドボールに対して、フライボールが大きく上回っていることがわかります。
そして打球角度が20~30度の時に最も高い長打率を記録しています。【表2】

表1 フライとゴロの成績比較(MLB2016年データ)
StatsAV(打率)SLG(長打率)
Fly balls(フライ).241.715
Ground balls(ゴロ).238.258

表2 打球角度毎の成績比較
Launch Angles(打球角度)SLG(長打率)
-10 to -1.364
0 to 9.643
10 to 191.069
20 to291.804
30 to 391.334
40 to 49.196

(MLB2016年データ、90マイル以上)

長打率が上がると、OPS(出塁率+長打率)も高い成績となります。「OPS」は「打率」よりも得点との相関が高いこともわかっています。【図1、2】

つまり、フライボールを打つことは長打率を向上させ、それにより得点との相関が高い「OPS」の向上に大きく寄与するといえるのです。

図1 打率と得点の関連性
図2 OPSと得点の関連性

(http://archive.baseball-lab.jp/column_detail/&blog_id=16&id=36)

実際に2013年シーズンのオークランド・アスレチックスは、計測以降最高となるGB/FB(ゴロ割合/フライ割合)を記録し、96勝をマークしました。

つまり多くのフライボールを放つことで、長打率を上昇させ、多くの得点を重ねることができるといえます。

このようなデータをもとに、メジャーリーグでは積極的にフライボールを打とうとしている選手も多く存在します。ジャスティン・ターナー、ジョシュ・ドナルドソン(以下、ドナルドソン)といった名だたる強打者達が、フライボールを打つ練習をしています。

特にドナルドソンは、自身のTwitterで打撃練習の様子に添えて、こう呟いています。

“Just say NO.... to ground balls”

ドナルドソンが所属するトロント・ブルージェイズでは、2015年から2016年にかけて中心選手たちの平均打球角度が大幅に上昇しています。

球団でフライボールを打つように取り組んでいるのかもしれません。(参照サイト:http://toronto.locals.baseballprospectus.com/2017/03/17/the-fly-ball-revolution-has-arrived-in-toronto/)

バイオメカニクスからみるフライボールの効果

近年、スイングに関する研究も急速に進んでいます。打球の初速が高いほど飛距離が長く、スピンの速度よりも、打球の初速を高めた方が有効であることが明らかとなっています(城所ほか、2011)。

バックスピンが強いほど、ボールに作用する揚力は大きくなり飛距離は増加します。しかし回転数を増加させようとすると、ボール中心から離れた位置を打撃する必要があるため、打球速度が低下してしまいます。

直球を打つ場合、バットの先端部が水平面よりも9°上向きの軌道、つまりアッパースイングで、ボール中心の1.6cm下側をインパクトすると、打球角度26°でバックスピン1800rpmの打球が放たれ、飛距離が最大化することがわかっています(Sawicki et al.)。【図3】

また、打球を遠くに飛ばすには、投球されたボールの軌道に対して平行になる角度でスイングすることが効果的であることが示されています(森下ほか、2012)。

投球されたボールは落下しながら打者へ向かってきます。多くのフライボールを放ち、かつ最も遠くへ打球を飛ばすには、アッパースイングが効果的であるといえるでしょう。

図3 最も飛距離が大きいポイント

指導の壁

日本では長らくダウンスイングやレベルスイングが指導の主流とされてきました。しかし、実際にホームランバッターはこのようなスイングにはなっていません。

では指導の現場においてなぜこのような誤解を招く言葉が生まれたのでしょうか。これは「『主観』と『客観』のズレ」で説明ができます。

たとえば、トッププロの選手でもインタビューに対して「バットを最短距離で出す」と答える選手は少なくありません。しかしそれらの選手のスイングをみると決して最短距離などではスイングしていないことがわかるでしょう。

投球されたボールに振り遅れないようにするには、バットの軌道を最短の距離でボールをインパクトしたい意識は理解できます。しかしながら、打者本人は最短距離と表現していても、実際はそうなっていない。打球速度を高めるためには、スイング速度を高める必要がありますから、最短距離でバットを出してもボールは飛んでいかないのです。

つまり、多くの野球選手の「最短距離でバットを出す」は主観的な感覚であり、客観的な“軌道そのもの”を指す言葉ではないということです。

「最大速度でインパクトを迎える意識」を「最短距離でインパクトする」と変換して表現しているのでしょう。「最短距離でバットを出す」を軌道そのものと解釈してしまった結果が、ダウンスイングの指導へとつながったのかもしれません。

指導者は、「主観」と「客観」がズレることを頭に入れて指導に当たることが必要でしょう。選手自身も同様です。主観的な軌道と、客観的な軌道にどれくらいのズレがあるのかをチェックする必要があります。

MLBで2016年にMVPを獲得したクリス・ブライアントは、前年の自分のスイング角度と打球角度を分析し、より効率的に打球を飛ばせるようにスイングの角度を改良しました。その取り組みによってブライアントは成績を大きく伸ばし、世界一にも貢献しました。

このような打撃改善は、必ずしも高価な精密機器を必要とするわけではありません。スマートフォンとセンサーを用いて打者のスイングを簡易的に測定し数値化するデバイスも登場しています。スイングトレーサー(ミズノ社)は、スイング速度、スイング軌道やヘッド角度を瞬時に測定できるデバイスです。

このようなデバイスのメリットは、即時的にフィードバックが行えることに加え、自身のデータを積み重ねていく事により、好不調の要因を探ったり、上達の過程を確認することが出来る点にあります。

これまで漠然としていた「あの選手のようになりたい」が、数値として目標値に設定できることで、より正しい努力が出来るのではないでしょうか。

今後このようなデバイスの広がりに伴って、野球の「見える化」はますます加速するでしょう。Baseball Geeksでは、上達のためのデータ活用の一助となるような情報を提供していきます。

常識を疑え

ここまでフライボールやアッパースイングについて紹介してきましたが、最後にデトロイト・タイガースのJ.D.マルティネス(以下マルティネス)の一言で締めくくろうと思います。

マルティネスは、旧来の打撃指導に疑問を持ち、MLBのトップ打者のスイングを分析したところ、多くの打者がアッパースイングであると気づきました。それらのスイングをヒントにフライボールを放つ取り組みを行っている選手の一人です。

“You still talk to coaches ‘Oh, you want a line drive right up the middle. Right off the back of the [L-screen in batting practice].’ OK, well that’s a fucking single. To me, the numbers don’t lie. The balls in the air play more.”

「バッティング練習の場で、コーチは『ライナーでセンター返しをしろ』と話す。しかしそれではシングルヒットにしかならない。数字は嘘をつかない。フライボールの方が数字は良くなる。」

まだまだ多くの人が、これまでの常識を鵜呑みにしているかもしれません。

マルティネスは自ら疑問を持ち、アッパースイングに取り組んだ結果、花開きました。今目の前にあるその常識は本当に正しいものであるのか。選手自身だけでなく、指導者、観戦者も意識を変える時が来ているのかもしれません。

 一人でも多くの野球人のヒントとなることを願い、本記事の締めくくりとさせていただきます。

BASEBALL GEEKS編集部

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